「完璧主義」15

 

 

『いつもと違う夢を見た。

私は仏間にいた。そこにある父親の遺影のようなものを見ていたら、幼い弟がやってきて仏壇を金槌で壊し始めた。そこへ何人か男の人たちがやってきて、仏壇を撤去し始めた。一人の車いすに乗った聡明そうな男が私に言った。

「覚えてないか? あれは君が★&?◆#▲の時だ。君と私は◆&▼%¥✖◇■?&だったんだ」

そして私は衝撃を受けた。

気づくと傍にいた親戚のおばが、「けん。通報しよう」と泣きながら言った。

車いすの男に指示されて動いた仲間らしい男がおばを目隠ししてどこかへ連れて行った。

そこで目が醒めた。ひどい寝汗をかいていた。

水が飲みたい。

洗面所に行き、水を飲んで顔を洗った。

鏡に映った自分を見ると、なぜか自分ではない誰かの顔を見ている気分になった。

自分のベッドに座って時計を見ると、朝の五時半だった。起床時間ではない。

完全に目が醒めてしまったので、起床時間まで夢の意味を考えているには丁度いい時間だったかもしれないが、私の本能がそれを逆らった。

夢を見たことがなかったことのように、鮮明だったはずの夢の光景が消されていた。

私は夢分析を独学で学んでいたので、夢を見た後どうするべきかも知っている。

なるべく、夢の内容に近い表現や言葉を選んでノートに書いておくのだ。

しかし、脳内の情報収集能力が混濁した情報を処理できずにフリーズした。

壊れたパソコンが自分の力で起動できないような感覚だ。

私は諦めて、隣の若松の阿呆みたいな寝顔を見ていた。

 

私は喫煙所でタバコを吸っていた。そこへ若松がやってきた。

「昨日のあんたの心理分析だけどさ、あの分析は当たってるけどおおざっぱだよな」若松は言った。

私は今、若松を分析するよりも今日見た夢のことを分析したかったのだが、どうしても思い出せず、もやもやした気分でタバコを吸っていた。タバコの箱が空になった。

「人間ってのは今の現状を言い当てられるよりも、知られていない過去がどうだったかを言い当てられる方が衝撃的なんだよ。だから私はお前の過去を分析してみた」私は言った。そして喫煙所を出ようとした。

「確かにそうかもな。—ああ、その箱くれよ」若松は私の空になったタバコの箱を指さして言った。

「何に使うんだ?」

「ああ、渋谷をおちょくるんだよ」若松は含み笑いをして言った。

 

病室に戻った。

私一人だけしかいないだろうと思っていたが、例の将棋好きの患者、川谷礼二が気配を殺しているかのようにベッドの横に突っ立って窓の外を見ていた。

何を見ているのだろうか?

川谷は私を見るとすぐに目を逸らし、ベッドに潜った。

私も外の景色を矯めつ眇めつしてみた。

病院の入り口を見てみると、いつものように人の往来があるのだが、私の記憶が一人の女性を捕捉した。

川谷をちらりと覗き見ると、少し顔が赤くなっていた。

なるほど、と私は合点がいった。

あれは若松の彼女だ。

 

「会いたくないのか? もうすぐ来るぞ」私は若松にそう言った。

「会いたくない訳じゃない。面倒くさいんだよ」

「何が面倒なんだよ?」

「面倒っーか、なんつーか、退院するまで会いたくないんだよ」

「結局会いたくないんだろ」私は思わず笑ってしまった。

多分若松は、あの時自分から話に輪をかけたのに向こうから会いに来られたので、格好がつかないのだろう。

「あの賭け覚えてるか?」私は言った。

「ああ、覚えてる。どっちが先にここから出て、あいつと闘うかだろ?」

「私は自分に賭けた。どういう意味か分かるだろ? お前はプライドを懸けて私と勝負してるんだよ。つまり私が勝てば、お前は彼女にも私にも負けたことになる」

「だから? 何が言いたいんだ?」若松は堂々としている。

「私が勝てば彼女をどうしようと勝手だろ? お前もそのつもりで賭けに乗ったんだろ?」

「ふん」若松は鼻を鳴らした。粋がっているのか、あまり動じない。男としての威厳を見せているつもりなのだろうか。

私は実際、若松の彼女をどうするつもりもないが、若松の反応が見たかっただけだった。

「若松さん―面会です」詰所から出てきた看護師が言った。

「はい」若松は無表情で言った。これから彼女に会いに行く顔とは思えなかった。』

 

 

続きは次回更新にて!