「完璧主義」13
『私が入院して三か月たったある日のこと。
元気を取り戻した竹林は、急に麻雀がしたいと言い出した。
竹林が暴力沙汰に巻き込まれてから、しばらく麻雀は中止していた。いつかまた再開したいと竹林の他の三人は心の中で思っていたその矢先、まさか彼の方から声をかけて来るとは思わなかった。
若松は大いに喜んだ。
私は、包帯の取れた竹林の表情から笑顔が伺えたのが、なんだかうれしかった。
「坂本に声をかけようぜ」若松は言った。
「おい。すと、すとらう? みり、みりおねあって、どういう意味だ?」
坂本はまたクイズ番組を見ていた。
私は坂本のそばへ寄り、「多分、『わらしべ長者』でしょうね」と言った。適当に言ったが多分当たっていると思った。学生時代、英語力には少し自信があったのだ。
番組の司会者が正解を告げると、回答者それぞれが一喜一憂していた。
私はクイズには正解したが、クイズ番組には向いていないだろう。そんなことを思った。
正解できるか出来ないかの問題ではない。テレビに出演している回答者のように、喜んだり残念がったりして視聴率を取り、番組を盛り上げられるかという問題だった。
私にはそんなことできないし、そんな気力もない。
私はずれているのだろうか。
「お前、英語わかるのか?」
「ええ、まあ、少しは」
すると坂本は、私をうらやましそうに見て、「お前ならクジラの外の世界でも生きていけるだろう」と言った。
そういうことなのだろうか。
「坂本さん。竹林が麻雀したいって言ってます」
「おお! そうか」
坂本も嬉しそうだった。
「麻雀パイとマットを貸してください」私は詰所の中の看護師にそう言うと、
看護師は、久しぶりだね、麻雀、と自分のことのように嬉しそうに言った。
パイとマットを受け取ると、すでにテーブルを用意していた三人の元へと向かった。
「勝つぞ!」竹林は意気込んだ。
「俺だって勝つさ」若松は言った。
「あんたたちにゃ、負けらんねぇ」坂本は言った。
じゃらじゃら。パイとパイがぶつかり合う音。久しぶりの高揚感。
私はまた四人で卓を囲めるのがうれしかった。
これこそが健全な麻雀と言えよう。
「そういや、あの賭けはまだ続いてるんだろ?」若松がパイを積みながら言った。
思い出した。
若松と私とで賭けをしたのだ。どちらが先にここから出て、あの女流雀士と勝負できるかを。
「何のことだ?」竹林が聞いた。
「ああ、新沼君と賭けをしたんだ。どっちが先にここから出て、俺の彼女と勝負できるかってな」
「二人とも何を賭けてるんだ?」
「何も賭けてないさ。運が勝つか実力が勝つかの勝負。つまりお互い主張するものを賭けている」私は言った。
「それなんか意味あるのか?」坂本が言った。
「ありますとも。要はお互い男としてのプライドを賭けての勝負ですな」若松が分かったように言った。
実際には賭け事としてまかり通らないことだったのだが、若松がそう言うと、なんだかまかり通ってるような気がするから不思議だ。
多分、そういうことなのだろう。人は、特に男は例え筋が通らない駆け引きでも、何かを賭けて何かを得たいのだろう。こういう所にいるとなおさらそういうものを味わいたいのだろう。
「サイを振るぞー」と坂本が言って、麻雀がスタートした。
東場が終わり、南場に入ろうとしたところ、竹林が言った。
「この中の誰か一人が退院したら、もう麻雀出来ないんだなぁ」と。
「なに悲しがってんだよ。ここから出られればいいじゃねぇか」坂本が言った。
「そうだぜ。少なくとも俺はこんなところで一生暮らすのは嫌だぜ」若松もそう言った。
竹林は何か考え。「そうじゃないんだ。麻雀や娯楽だけがすべてじゃないだろ? みんなそれを判ってるんだよ。それ以外のこともちゃんとやらなきゃいけない。人間としての生活の営みってそういうことだろ?」
「『それ以外のこと』って例えばなんだよ」若松が言った。
「例えば、仕事だよ。それに一人暮らしをしているなら自分の家のこととか、家庭を持ってるなら家族のこととか、色々あるだろ」
坂本が笑った。「お前らまだ若いんだから、あれこれ悩む前にまずは行動しろ」
「そうですけど・・・」竹林は口ごもった。
竹林の言いたいことは私にはわかる。わかりすぎるくらいだ。
今の時代、どの家も経済的に苦しい。仕事もまともにできない。結婚も慎重にならざるを得ない。
そんな中、竹林の様にちゃんと「生きる上で必要なこと」を考えられるのは偉いと思った。
「そんなにうじうじ考えてたって、この資本主義の国の中じゃあやってけないぜ。
─リーチ!」若松はそう言ってリーチ宣言した。』
小説も更新が大変遅れてしまい、申し訳ありません。
「完璧主義」20くらいで完結する予定でいますので、それまでお付き合いのほどよろしくお願いいたします。