「完璧主義」3
『坂本がやりたいと言い出したのだから、坂本を優先して親をやらせてやるべきか。それともむしろ、坂本に付き合ってやってるのだから、こちら側の意志を尊重すべきなのか。非常に悩ましい事案だ。非常に悩ましいが、実にくだらない。こんなことで悩んで良いのかという悩みまで発生しだした。
私が真剣に考えている間も、二人はもめている。
竹林はというと、麻雀パイをいじって聞いてないふりをしている。
私の中で、何かが悲鳴をあげている。まだ、「絶叫」とまではいかないが、何かが叫んでいる。
神経を逆なでするような、そんな得体のしれない生き物が私の中で這いずり回って気持ちが悪い。
ふと、若松が「なあ、”にいぬまけんじ”さんはどう思う?」と訊いてきた。
「おい、その名前を言うな」と私は反射的に言った。
「新沼謙治? あの演歌歌手の?」坂本は私を見た。「あんた、にいぬまけんじっていうのか。同姓同名か!」坂本は笑い出した。
私は顔が少し火照るのを感じた。恥じらいのせいだろうか。怒りのせいだろうか。
しかし、その場のアトモスフィアが和んだように感じ、私たちはその空気にのまれつつあった。
親がどうの、サイがどうの、平等だ不平等だという文句はどこへ行ったのだろう。
「新沼謙治ってそんなに有名なのか?」若松が訊いてきた。無理もない。今の若い連中は演歌歌手なんて興味がないだろう。
だからなおさら嫌なのだ。私の名前を呼ばれることが。
「あんたたち知らないのか、新沼謙治。有名だぞ」坂本は「嫁に来ないか」という場違いな曲を歌い出した。場違いな曲のはずなのに、私には何故かその歌詞がすんなり身に入ってしまった。
若松はなぜか手拍子をし出し、その場をさらに盛り上げようとしている。
確か我々はカラオケではなく麻雀をするために集まったはずだ。
もういいですよと、竹林が坂本の熱唱を制したが、坂本はまだ歌いたいようだった。
「親は誰もやらないようなので、私がわりますね」私はそう言い麻雀を強行した。
坂本は歌うのをやめ、ああ、すまんすまん、と言って麻雀の方に意識を集中した。
「あんた親やっていいぞ」と坂本は私に譲った。
若松も竹林もそれに合意したようだった。
この日をもって我々四人は、不思議なコミュニティを結成した「変人たち」として入院生活を送るのだった。』
続きは次回更新にて。
今日中にもう一回更新したいと思います。