「完璧主義」4

 

『麻雀の結果はトップが若松、二着が私、三着が坂本で最下位が竹林だった。

順位を競うのも良いが、私はそれより、生身の人間と自分の作った手を見せつけ合い、駆け引きし合い、お互い何とも言えない緊張感を共有するというこのゲームの醍醐味を味わえて、満足感を得た。

私がこのテーブルゲームに出会ったのは、高校二年のテスト勉強中の時期だった。勉強をほったらかして麻雀にのめりこんでいた頃を思い出す。

そのころに味わった罪悪感やスリルといったものを友達と楽しんでいた。

今はどうだろう。スリルは多少あるが、罪悪感というものは全くない。

「罪悪感」とは「感じるもの」ではなく「楽しむもの」だと当時の私は無意識のうちに解釈していたかもしれない。

そもそも麻雀を好き好んでする輩は罪悪感なんていちいち感じていたら楽しめないはずだ。

この麻雀をすることに少しでも罪悪感を覚えていたら、私はここにはいなかったのではないかと思った。

そういう罪の意識を抱くことがむしろ健常な証であり、罪の意識から逃げることもまた健常な証なのではないかと思った。

「おい、どうした? ノイローゼみたいな顔して」若松が私に言った。また日本語がおかしい。ノイローゼみたいな顔ってなんだ。そんな顔があるのか。ぜひとも拝んでみたい。

「あんたたち強いな。若いからって油断してたぜ」坂本が第二戦を始めたそうに麻雀パイをかき混ぜながら言った。

「おい、まだやるつもりか?」竹林が困惑気味に言った。

「俺は上等だぜ」と若松。

「もう晩飯の時間だぞ。続きはそのあとでもいいだろ」

みんなは近くにある掛け時計に目を見やり、ああ、そうだな。また後でやるか。と竹林の意見に賛同した。

みなはいったん片づけをはじめ、それぞれ自分たちの時間に戻り、自然に解散した。

坂本は去り際、ありがとな、と我々に声をかけた。

坂本の余裕ある、貫禄ある「大人としての態度」というものを垣間見た気がした。

「今日は何だ」と若松が掲示板に貼られている献立表を見て、げっ、と声を上げた。

嫌いなメニューでもあったのだろうか。

私は今日のメニューがなんであれ、若松の嫌いな食べ物がなんであれ、そんなことに興味はわかなかった。とりあえず食えればいい。それだけだった。

 

もしかしたら、私はうなされていたかもしれない。

晩御飯を食べ終わった後、私は疲れて寝てしまった。

変な夢を見た。夢の中で弟と遊んでいた。弟はまだ小さいころの容姿だった。そこへアメリカの軍人らしき人たちが現れ、私にこう言った。「▲◆☆※スキゾフレニア?」

そして私は「Yes」と答え、弟はその軍人たちに連れ去られてしまった。私は悲鳴をあげた。

そして目を覚ました。寝汗をかいている。

私は着替えて、タバコを吸いに喫煙所へ向かった。

途中大広間で坂本と出会い、喫煙所のドア付近で「もう今日は出来ないな、みんな疲れてるみたいだ」と言った。そうですね、と私は言い喫煙所の ドアを開けた。

流れるように坂本も一緒に入ってきた。中にはほかに誰もいない。

「なあ、あんたは何で入院したんだ?」と坂本は車にあるようなオートライターでタバコに火をつけながら言った。

私は困惑した。なんで入院したかと訊かれても、病気になったからだ、としか言いようがないが、坂本は多分そういうことを訊いているのではないだろう。

「いずれ話します」私はそう言って、タバコに火をつけた。

煙を吸い込んで、それと一緒に自分の中にたまっている何かを吐き出す。それは作業ではなく呼吸と同じ感覚だった。

二人は黙っている。もしかしたら「呼吸」の続く限り黙っているのかもしれない。

この沈黙に耐えかねたかのように、坂本は「あんた、長男だろ?」と言った。

どうしてわかったのだろうか。坂本は占い師でもしているのだろうか。言っては悪いがこんな高級感のない占い師は初めてだ。

違う、高級感云々の話ではなく坂本には何かある。私は直感的にそう思った。

「いや、なに俺も長男だからよ。なんか俺と同じものを感じただけよ。あとタバコの吸い方とかな。どこか大人びてるっつーか」

「坂本さんは漁師をしてますね?」私は言った。適当に言ったわけではない。「その傷はきっと漁をしていて出来た傷でしょう。しゃべり方も漁師っぽいです」

坂本は僅かに七分袖から見える傷跡を自分でも見つめて、「あんた、なんちゅうか、観察がよくできてるな。もしかしたら漁師に向いてるかもな」

私は煙を吸い、一瞬考えた。なんて答えようか。煙を吐き出すと同時に答えた。「観察ができるだけです。魚にはきっと逃げられます」

坂本は笑った。

「それでいいんだぜ。漁は大漁もあれば不漁だってある。毎日大漁だったらつまらんさ」そう言って坂本は先に出て行った。去り際、「明日もやろうぜ」と言って倒牌する手のしぐさをして見せた。

私は、はいと答え、もう一本タバコを吸った。』