「完璧主義」2

 

 

 

『二人は何をしているだろうかと考えながら、私は自分の病室に入った。するといきなり、「それだ、ロン!」という奇声が耳に劈くように響いた。若松の声だ。

「安い手でちまちま上がるなよ。せこいな」と嘆いたのは竹林だ。

「何してるんだ」と私が尋ねると、見ればわかるだろといわんばかりに若松はトランプを見せつけた。

ルールはどうなってるのか知らないが、二人はトランプで麻雀をしていたらしい。暇な奴らだと私は思ったが、私もその一人なのかもしれない。

「麻雀出来る人見つかったぞ」と私が言うと、二人はベッドの上で飛び跳ねて喝采した。

ベッドがきしむ音を聞きつけて、看護師が駆けつけてきた。

看護師に注意を受けた二人は、飼い主に忠実な犬のように黙った。えさを与えればまた騒ぎ出すだろう。

「少し年配の人だが、悪い人ではなさそうだ」

「年配ってどれくらいだ? おじいちゃんじゃないだろ」と若松は言い、トランプを片付けてベッドから降りた。若松は立つと私より背が高い。

私は圧倒されないように口調を強く、「『おじいちゃん』は麻雀ができたとしても寝ることの方が好きだろ」と言った。何故か、おじいちゃんへの嫌味になってしまった。

見た感じ五十代後半だと伝えると、二人は薄い反応を示した。

無理もない。竹林はまだ十八、九で若松はここで二十を迎えたばかりだ。

「人の年齢」というものは、それほど人を推し量れるような道具であり、人間を知るための物差しなのだ。

年の差がありすぎると「淡白」になり、かといって差がなさすぎるのもまた、「軽薄」で「希薄」になってしまう。

私は二十九になるが、この二人と淡白とも軽薄ともつかない微妙な立ち位置にいるような感じがする。

「まあいいか」「なんか強そうだな」などと言って、二人は前向きになったようだ。

どうも今どきの二十くらいの人たちには調子を崩されるような感じがする。そして私には触れられない何かがあるように思われた。

 

「あんたたちみんな麻雀ができるのか」

若松と竹林は得意げになっている。

坂本は感心しているのか、ただ単に驚いているのかわからない反応を示した。

感心しているにしても、麻雀ができるからといってなんなのだ。

坂本くらいの貫禄のある人たちや、いわゆる「やっさん」が麻雀をたしなむというイメージは容易にできるが、我々「若い連中」が麻雀を好き好んでやる理由は「娯楽」の一言で語りつくせる。

若松なんかはきっと、最近までこっそり雀荘でやるような麻雀ではない麻雀をしていたに違いない。竹林はきっと、若松のようなやつにつられて麻雀を覚えた手の人間だろう。

「さっそくやりましょう」若松は調子よく、このグループの取り持ち役を買って出て、看護師のいる詰所から麻雀パイとマットを貸してもらった。

「そこの小上がりでやるか」と坂本が言った。

そうですね、と私が言い、小上がりへあがってテーブルを麻雀ができるような位置にずらした。

じゃらじゃら。麻雀パイが不規則にマットの上で散らばった。その瞬間全員が適当な位置につき、パイをかき混ぜる。

「今どきの奴らは麻雀なんかするんだな」坂本はまだ感心の意を表している。

「麻雀は常識ですよ」と若松は言った。日本語がおかしい気がした。そしてさっきから語彙力のない言葉が私の中で響かないのは、坂本という「大人」がそばにいるせいなのかもしれない。坂本と若松の圧倒的な「人間としての差」が目立つ。

トラブルは起こった。いや、トラブルの前のトラブルなのかもしれない。

「親は俺でいいな」と坂本は言い、若松はそれに反発した。

「俺が年配者なんだから俺が親でいいだろ」

「それは不公平じゃないですか。っていうか親はサイコロで決めるのが普通でしょ」と若松。

「サイを投げたところで、結局誰がその最初に投げるサイを決めるかでもめるんだから、だったら年配者の意見を聞くもんじゃないか。年配者に敬意を表するって意味でも」

「それはおかしい理屈だぜ。物事は平等か不平等かで意見を決着させる必要があるはずだ。あんたはちゃんとした理屈を言っているのかもしれないが、俺には屁理屈だ」

私は思わぬところで、無駄な思考をし出した。

確かに、二人の言っていることはどちらも正しいかもしれない。どちらが正しくてどちらが間違っているとも言えない。

まてよ、と私は思った。そもそも麻雀がしたいと言い出したのは坂本であり、形としてそれに乗っかったように、我々は参入した。そこから原点を見出す必要があるのではないかと私は思った。

なぜこんなことにいちいち無駄な労力を使わなければいけないのかと、私はため息をつきそうになった。』