「完璧主義」5
『点灯と同時に目を覚ました。いつものことだ。そしていつものように寝起きの一服をしに行く。そろそろタバコが切れそうだった。買いに行かなければ。
今日中に明日外出許可が下りるように看護師に言っておく必要がある。やはりここでの生活は不便だ。できればはやくシャバに戻りたい。あと何日、いや何週間、何か月ここにいなければいけないのだろう。
私はタバコを吸った気になれず、ただ途方もないことを考えながらプカプカしているだけだった。
病室に戻った。
病室のカレンダーを見るが、こんな暦に意味などない。一から三十一までの数字が順番に並べられているだけだ。
おはようございます、とわざと抑揚を作った声で介護助手の人が来て言った。まだ寝ている患者を起こしに来たらしい。
例の将棋好きの患者だ。名前は確か、川谷礼二といったか。年齢は二十五で、朝寝坊が得意で毎日朝寝坊することが日課で、将棋以外の趣味は朝寝坊と言ったところか。
「あっさでっすよー」介護助手は無理やり布団をひっぺ返し、川谷を起こした。
んんー、と川谷は伸びをし、ベッドの上で丸まった。ダンゴムシみたいだ。
介護助手は病室から出て行った。これが彼の仕事だ。
私は外出の件を看護師に伝えに行こうとした。が、看護師ならだれでも良いということではない。担当の看護師に伝えなければ意味がないことに気づき、思いとどまった。
「なんだ? そわそわして」若松がベッドの上で新聞を読みながら私に言った。
「別に―おい、新聞はこっちに持ってきたらダメだろ」私は焦って新聞を取り上げようとした。この病棟においてある新聞はみんなのものであり、勝手に持ってきてはいけないのだ。
「これ俺の新聞だぞ。どこで読もうが勝手だろ」
「お前の新聞? お前わざわざ毎日、新聞買ってるのか?」
「これは先月の新聞だ。それを持ち込んでるだけだ」相変わらず、生意気な奴だ。
「先月の新聞? いったい何のために」
「いいだろ。いちいちうるさいな」若松は新聞を閉じた。「そういや、今日竹林外出するってよ。麻雀は出来ないな」若松は話を逸らすかのように言った。
「へえ、どこ行くんだ?」
「あいつはタバコ吸わないから、日用品とか買いに行くんだろ。知らないけど―あ、午前中なら麻雀出来るかもな。あいつ午後から行くらしいから」
「そうか」私は推測した。午前中から出かける患者は大体、近場で必要なものを買いに出かける人が多い。午後に出かける患者は家族や親類と一緒に食べに出かけたり、「楽しい時間」を過ごしに出かける人が多い。午前と午後では限られた時間が違うからだ。
私も明日出かける予定だ、とは若松には言わないでおくことにした。外出の許可が下りていない若松はうらやましがるからだ。
看護師が検温に来る時間を見計らって、私は若松と距離を取った。外出の件が若松に聞かれてはまずいからだ。
ゴロゴロとカートの音が行きかう。そのうちノートパソコンを乗せたカートの音が私に近づいてくるのが分かった。
「おはようございます。―お願いします」と言って担当の看護師は体温計を私に手渡した。若い女の看護師だった。看護師は手際よく、私が熱を測っている間脈拍を図り、便尿回数を訊ね、パソコンに情報を書き込んでいる。
「あの、明日外出したいのですが」
「わかりました。明日担当になる看護師に伝えておきますね」と言って、看護師は次の患者の対応へと去って行った。
私はポケットに入っているタバコの本数を数えた。今日吸えるタバコはあと十五本。それだけあれば十分だ。
すると、「お前、嘘ついたな!」と怒鳴り声をあげて私に近づいてきた男がいた。渋谷だ。トラブル発生だ。』
更新が遅れてしまい申し訳ありません。
続きはまた次回更新にて。