「完璧主義」7
『麻雀が終わった後、若松と私は喫煙所の中にいた。中に二十歳そこそこの妙齢の女性患者が一人いた。妙齢と形容して良いのかわからないが、今時の娘という印象だ。
この入院生活をする上で、私はタバコにどれだけ助けられているだろうか。ふとそんなことを思った。
タバコの残り本数は十一本。考えて吸わなければ。
本来タバコは嗜好品どころか贅沢品であり、日常生活を送る上では必要のないものだ。「喫煙は肺がんのリスクを伴います。周りに人に勧められても吸わないでください」パッケージにはそう書かれてはいるが、肺がんになるかもしれないという実感がない。
こんなものに命を吸われているのなら、やめたほうが良いのかもしれない。
「はあ、うめぇ」若松は肺がんのリスクを恐れないらしい。煙をうまそうに吸っている。
人のことは言えないが、若松もきっと二十歳以前からタバコを吸っているはずだ。
「お前、タバコもギャンブルも二十歳前から覚えてるだろ」
「当たり前だ。何か悪いか?」若松は堂々と言った。私より年下のくせに生意気な口のきき方だ。
「女も二十歳前か?」私の日本語はおかしいような気がした。きっと若松に影響されたのだろう。
「うるせぇ。あんたはどうなんだ」
私は煙を吸い、「女はやめておけ、自分がまともじゃいられなくなる」と言った。若松からしたら少し気取って見えたかもしれない。
「知ったようなこと言うな。どうせそんなに経験ないくせに」
「一回経験すれば十分だ」
ふん、と言って若松はタバコを灰入れに投げ捨て、喫煙所から出て行った。
良い暇つぶしになった、と私は思った。
ふと横を見ると、女性患者が私を睨んでいるように見えた。気のせいかもしれない。
私もタバコを吸い終わり喫煙所を出た。ちょうど昼飯の時間だった。
昼飯を食べ終わったら何をしようかとベッドの上で考えていたところ、若松が隣のベッドでまた新聞を広げて記事を読んでいた。私は気になり、声をかけた。
「お前、なんか事件やらかしたのか?」私は冗談でそう言った。
「だったら、ここじゃなくてムショにいるはずだろ」
「覚せい剤をやったとかでもここに入るやつだっているんだぞ」私は真面目に言った。
若松は深刻な顔になり、「そうなのか?」と言った。
本当のことを言ったが、私は若松のその表情を見て少し後ろめたい気持ちにもなった。
今更だが、私は若松がここへ来るまでの事情を知らない。私もずけずけと人のプライバシーに入らないほうが良いだろう。
「いや、忘れろ。―竹林はまだか?」私は話を逸らした。
若松は何も言わない。
「おい、今日竹林はどこに行ったんだ? 外出したんだろ」
「あいつ、麻雀の最中暗い顔してたな」
確かに午前中一緒に麻雀をしてた時、竹林は神妙な面持ちだった。だが、きっと気晴らしに外出しに行ったのだろう。嫌な予感はしたが、竹林が出ていくとき顔つきは割と明るい表情だったので、まさかこれから自殺の名所に行くわけでもないだろうと、その時は思った。
私も何かそわそわする。気が進まないが、またタバコを吸いに行った。
「◆〇☆$※スキゾフレニア?」
「Yes」
パン!
またあの夢を見た。今度は銃で撃たれて目を覚ました。
だらだらと汗が首筋をつたっていた。
「驚愕覚醒」そんな言葉を知っていたのは、かつて私も医療現場で働いていたことがあるからだ。介護助手をしていた。助手というだけでも毎日疲れるのに、介護福祉士となればもっと疲れるだろう。
私はまた疲れていつの間にかベッドで寝ていたらしい。何もしていないのに最近疲れる。
隣を見ると若松がいない。時計を見ると午後四時半を過ぎている。もう竹林は帰ってきてるはずだ。だが病室には来ていない。
私は二人を探しに大広間へ向かった。
詰所の中が何やら騒がしい。
ガラス窓からちらっと中をのぞくと、竹林がいる。血だらけだ。
血? 何があった?』
続きは次回更新にて。