「完璧主義」10

 

ゆきぴです~

一日更新が遅れてしまいすいません。

 

 

『そうだった、今日はタバコを買いに行くのだった、と残り少ない煙草の箱の中身を見て私は思い出したのだった。

点灯の瞬間私はいつもと違う夢を見ていたことに気づいた。だが内容は覚えていない。統合失調症の人はよく変な夢を見ると聞くが、「変な夢」を見ても平然としていられるのは、見すぎていてそれに慣れているからだ。それが普通だと思ってるからだ。

主治医に夢のことを相談しても、「まあ、所詮は夢ですから」と片付けられてしまうだろう。

私の悪夢を見る原因を突き止めることをしないのは、そもそも夢のメカニズムが解明されていないからだろうか。

人は一生のうち三分の一も睡眠に時間を費やすというのに、平気で夢を忘れたり、寝ていたことさえなかったかのようにふるまう。

私にはとてもできない芸当だ。忘れろと言われても無理な話なのだ。

ベッドから起きて着替えた。そしてふと、私の弟のことを考えた。例の夢に出てくる三つ下の弟だ。父が死んで母子家庭になってから、私はすぐ社会人になった。弟は私より頭がよかったので進学したいといって実家を出た。

あれから十年は経つ。その間弟は正月やお盆に二、三回実家に顔を出しに来ていたが、今はもう疎遠に近い。

私が入院していることさえ弟は知らないのではないだろうか。

私は孤独を感じた。弟に電話してみようか。

いや、向こうだって忙しいだろうし迷惑だろう。

だが頼れるのは弟だけだ。迷惑だろうと思いながらも、私は気づいたら公衆電話の前にいた。

電話をかけた。

「もしもし。新沼です」弟の声だ。

まさか繋がると思っていなかったので、なぜか電話をかけた私のほうが戸惑った。

「あ、もしもし」

「あ? 兄貴?」弟の口調が変わった。私の声ですぐわかったらしい。

「悪い。また入院した」

「何やらかしたんだよ」なにもやらかしてなどいない。

「仕事がまともにできなくなった。症状が悪化した」

「症状が悪化したのが先か? 仕事ができなくなったのが先か?」弟のこういうところが嫌いだ。

「どっちもだ」

「母さんには迷惑かけるなよ」と言って切れた。

電話しなければよかったと後悔した。

急に後悔、怒り、孤独、不安と言ったものが押し寄せてきた。

私だって強くはないのだ。

 

「今日は外出でしたね。どこに行くんですか?」

私が大広間でぼうっとしている時、看護師にそう尋ねられた。私の割と気に入っている男の看護師だ。もう検温の時間だった。

私はいつも、いつ検温が来てもいいように若松と距離を取っている。あまり若松には聞かれたくないことだってあるからだ。

「タバコを買いに、近くのコンビニまで」私は答えた。

「用事はそれだけですか? ほかに行くところはないですか?」

そういわれると確かにタバコを買いに行くだけでは物足りない気もしてきた。気晴らしにどこか違うところへ行ってみようか。

「まあ、ふらふらしてみます」と私が言うと看護師は笑い、わかりましたと言って去って行った。

気晴らし? そうか私は気晴らしがしたいのか。ふと気晴らしをするなら何か特別なことをしたい気分になってしまった。

「二十九にもなってふらふらするなよ」と坂本が隣で笑って言った。

「いいじゃないですか。気分転換です」

「あんまりはめ外すなよ」

私は、わかってますと言って自分の病室に戻った。

竹林は相変わらず静養中だ。

病室に入ると若松が見えない。大広間でも見かけなかった。

どのみち若松がいたら、どこ行くんだとしつこく聞かれるだろうから、いなくてもいいのだ。

若松のベッドにポンと置いてある先月の新聞が見えた。私は気になり、それを手に取ってぱらぱらとめくったりした。ある記事に赤ペンで丸で囲ってあった。

麻雀の世界大会で準優勝した人の記事らしい。その人は日本人の若い女で写真も載せてあった。インタビューでは、″小さいころから私は運に恵まれていて、麻雀もよく考えずに打っていました。でも最近では、それだけでは勝った気になれないので、独自で「運」という要素と、もともと麻雀の持つ複雑なアルゴリズムを理論的に考えました。その結果、今回良い結果が生まれたんだと思います。“と語っている。

なるほど、と私は思った。なにがなるほどかというとアルゴリズム云々の話ではなく、若松はきっとこの女の人が気になっているのだと直感で感じたのだ。

「新沼さん? 外出するんですよね」看護師がいつの間にか来て、私にそう言った。

そうだった。もうこんな時間か。

「今準備します」私はそう言って急いで外出の準備をした。

 

詰所から外に出るとそこはもうシャバだ。私はシャバの空気を思う存分吸った。タバコよりうまい。ずっとシャバにいたい。そんな思いが湧いてきたが、そう思うことは何か罪の意識を感じてしまう。

「俺もプロになりたいんだよ」若松の声だ。何だ面会に行ってたのか、と私は安心した。その横を見ると女の人がいた。

そこで驚愕した。さっきの記事の女性ではないか。』

 

 

続きは次回更新にて。