自殺と「自殺」について
みなさんこんにちは! 初めまして。ゆきぴと申します。
っていうと、重い病気にかかっているんだなぁって、思われる方もいると思いますが、僕自身、元気でぴんぴん、死ぬことなく毎日暮らせています。
僕の今の病状はそんなに重症だという風には思っていません。主治医からも、そんなに深刻なことは言われず、月に一回病院に行って診察に行くと、診察自体はすぐ終わり、後で処置室でケッツにブスッと注射(エビリファイという薬)を射してもらって、すぐ帰ります。
今僕は自殺と「自殺」について考えています。
自殺とは自分を殺してしまうことですよね。
「自殺」とは自殺してしまうまでの経緯(なぜそんなことをしなければいけないのか)ということです。つまり自殺に至るまでの心の変化です。
そうです。自殺されてしまう方の大半は心に傷を負ったり、実際に精神を病んでしまう方が多いと思うのですが、
では、なぜ人は心に傷を負うのでしょうか?
それは「人」が人を傷つけあうからです。
人とは目に見える人間のこと。
「人」とは目に見えない人間のこと。
どういう意味? と思われた方もいるかもしれませんが、至って簡単なことなんです。
幽霊のことではありません。「幽霊が人間を殺す」なんてニューステレビで見ませんよね?
悲惨なことに、「人」が人を傷つけあうからニュースになるのです。
「人」とは見えざるひとであり、人の奥に潜む怪物です。
みなさん、「性善説」と「性悪説」という言葉をご存じでしょうか?
「人は生まれながらにして善い心を持っている」という説と、「人は生まれながらにして悪い心を持っている」という説です。
僕自身どちらの説が有力か、とか論じるつもりはありません。
というより、どちらも有力な説だと思います。
なぜかというと、良い人もいれば悪い人もいて、そうかと思えば、善い人だと思っていた人が実は悪い人だったり、その逆もしかりですよね?
ですから、一概に言えないのが事実だと思うのです。
「当たり前のことを言うなよ!」と思われた方、なぜ当たり前なのでしょうか?
そもそも、良い人とは誰のことでしょう? 悪い人とは誰のことでしょう?
誰がそんなこと決めるのでしょう? 勝手にそんなこと決めていいんですか?
決定事項ですか?
僕は不思議に思います。
「良い」「悪い」、「善」だの「悪」だの、僕はいつしかそんなことを考えるのが嫌になり、失望しました。
何に失望したのでしょう? 「人」ですか? 人ですか?
それすらもわかりません。
ただ、一つだけ言えることは、失望したからといって自ら命を絶つことは絶対にあってはならないことです!
悲しいことに、いま世界で40秒に一人が自殺しています。
「自殺」ではありません。自殺です。
そうです。たとえ「自殺」したからといって自殺する必要などまったくもってどこにもないのです。
今自殺を図ろうとしているそこのあなた!
明日から前向きに生きてみよう、とまでは言いません。
よっぽど、つら~いことがあったのでしょう。
ただ、考えを一つ変えてみてはどうでしょうか?
『自殺じゃなくて「自殺」にするか~』と。
これで、すべてが解決するわけではありませんが、心のどこかにとどめていただければ幸いです。
僕の願いは、自殺が少しでもなくなればいい、
欲を言えば、自殺なんて死んでしまえばいい、
もっと言えば、「自殺」なんてなくなればいい、です。
今後はもっと明るい内容を更新していきたいと思っています。
この記事を見てくださった方々、どうか今後もよろしくお願いいたします。
あ、僕の趣味は読書とマージャンと映画鑑賞です。あと、文章を書くのが好きなので小説を書いたりなど・・・
それと、ゲームをしたり、ゲームを作ったり(主に開発ツールで)することです。
まあ、いろんなことをやっていますw よろしくお願いします。