「完璧主義」8

 

 

『竹林は誰かに殴られたようだった。

詰所の中はハチの巣をつついたかのように慌ただしい。

看護師たちは竹林に緊急処置を施し、外来の処置室に移動させた。

もう竹林の姿は見えない。

「あれ、血だよな」若松がそばで呟いた。血の付いた包帯を見ている。

一番先に目についたのは確かに血だが、竹林の表情を見るとうなだれている様にも、恐怖に満ちている様にも見えた。私はそれが印象に残った。

心配だったが、命に別状はないようだ。

そういう問題ではないのかもしれない。私は何か腑に落ちない心持になった。

坂本がいつの間にか来て、「なんだあいつ。喧嘩でもしたのか?」と不謹慎なことを言った。坂本はあまり心配していないように見えた。

「あいつとは口喧嘩はするが、殴り合いの喧嘩はしない。あいつから吹っ掛けてくることもないはずだ。外出先でカラまれたに違いない」と若松は感情のこもってない口調で言った。

私たちは、竹林がここへ戻ってくるまで何があったか知ることは出来ない。

 

夜の六時ころ、竹林は私たちのいる病室へ入ってきた。入ってくるなりベッドに横になった。

「おい、何があったんだ?」若松が先に第一声をかけてやることは想像していたが、竹林だってすぐには答えられない事情だってあるだろう。気持ちの余裕もないはずだ。

「あとで話す」竹林は小声で言った。

「後でっていつだ?」若松は追及する。若松は人の気持ちを察するという行為を知らないのだろうか。

「うるさいな! ほっとけよ」竹林は怒鳴った。彼の包帯から、見えない口から、見えない鼻から、怒りを感じる。眼だけが私たちに、近づくなと訴えかけているのがわかる。

若松は竹林から真相を聞くのを諦め、布団をかぶった。

私も、竹林と若松のパーソナルスペースに距離を取って喫煙所へタバコを吸いに行った。

人と人が近づくということは必ずしも心理的な距離が近くなることではなく、離れるということもまた心理的な距離の問題には関係ないことであることは私自身良く知っている。時間が解決してくれるのかもしれない。私はそう思った。

喫煙所に入ると渋谷がいた。一瞬ためらったが、踵を返すのも癪に障るので堂々と中に入った。

渋谷の吐いた煙が私の体を撫でた。渋谷はタバコを誰かからもらったのだろう。きっと優しい人だ。タバコのやり取りは禁止されているが、看護師に見つからないように秘かにやり取りしている患者も中にはいる。

煙を吸ったり吐いたりしている渋谷はとてもおとなしく、今から暴れ出そうとする雰囲気はまるでない。

私も渋谷と向かい合うようにソファに座りタバコを吸った。

渋谷から話しかけてこないのを見ると、煙をじっくり堪能しているのだろう。

私はそういう人には自分から話しかけないでいることにしている。

三分くらい黙っていただろうか。その間渋谷がいつの間にかいなくなっていたことに気づかなかった。

急に沈黙が不快に感じた。寄せては返す不快な波。その波に飲み込まれないような場所にいるはずなのに、私は焦りを感じた。何かしなければ。

私はタバコを吸い終わると坂本のところへ行った。

坂本は大広間でテレビを独占して見ていた。どうやらクイズ番組を見ているらしい。

坂本は近づいてきた私に、「知ってるか。日本で一番離婚率が高い県は沖縄県なんだとよ。どうしてかわかるか?」と言った。あまり前向きなクイズとは言えない。

「わかりません」私は言う。

「沖縄は雀荘が多いからな。雀荘が多いところは離婚率が高いという統計があるんだとよ」

「そうなんですか」私は冷めた口調で言っていたかもしれない。

「漁師も船ん中でよく麻雀するけどよぉ、離婚はしねぇぞ。ちゃあんと嫁を大切にする」

「じゃあ、麻雀も結婚生活も楽しめて良いですね」私は適当に言った。

坂本は笑った。

笑ったかと思うと、坂本は急に悲しい顔になった。

「あいつ。雀荘に行ったんじゃねぇか?」と言った。』

 

 

続きは次回更新にて。

 

「ケンカ」と「喧嘩」(小説中断)

みなさんこんにちわ^^ ゆきぴです。

 

小説の続きが気になっていらっしゃった方には大変申し訳ないのですが

今まで小説ばかり書いていたので、今日は指向を変え、気分を変え

また自分が思ったことなどを書いていきたいと思います。

「ケンカ」と「喧嘩」についてです。

 

 

もう僕のカッコで括る言葉の使い方など、ご存じの方はご存じかと思います。

なんとなくイメージでもわかるかと思いますが、

「ケンカ」はかる~い、口論などのけんか。

「喧嘩」はちょっと重たい殴り合いのけんか。

 

みなさんはどっちのけんかが好きですかw

僕はもちろん痛いのは嫌いなので、消去法で「ケンカ」が好きです。

 

人はなぜけんかするのでしょうか?

 

『その人のことをもっと知りたいから。

自分をもっと知ってほしいから。』

だと思うのです。

 

殴り合いのけんかは、殴るだけではただの暴力ですが

「自分を出したい、そして自分を出したうえで相手とわかり合いたい」という

本能の裏返しだと思うのです。

 

「くちげんか」もそうですが、自分の考えを一方的に押し付けるだけでは

ただの「言葉の暴力」です。

パワハラ」なども「言葉の暴力」にあたります。

自分の高い立場を利用して、相手を傷つけるのが「パワハラ」です。

会社では、自分が低い立場にあるとどうしても、高い立場の相手に意見を通すのは

難しいですよね。

 

いっそ「ケンカ」してみてはいかがでしょうか?

上司と「向き合う」という意味でも「ケンカ」というのは有効な手法だと思うのです。

クビにならない程度にですよw

 

部下「ちょっとお話があるのですが・・・」

上司「なんだ?」

部下「先輩の考えは間違っています」

 

などといった風に・・・

 

どうしても「ケンカ」を避けたいというのであれば、アサーションを使ったやり取りも有効です。アサーションとは心理学で、相手の意見を尊重したうえで自分の主張を行う手法です。アサーションでは主語を「自分」にすることで相手のことを思っているかのように伝えられます。

アサーションなら上司部下問わず、「相手を思いやる気持ち」が伝わるので、ほぼけんかにはならないと思います。

 

部下「はこう思うのですが、先輩はどう思いますか?」

上司「そうだな、私はこう思う―」

部下「なるほど」

 

これなら柔らかいやり取りで、お互いの意見を交えることが可能ですね。

 

「ケンカ」も「喧嘩」も「相手とわかり合いたい」と思う本能の裏返しです。

なので、本来けんかをするのは良いことなのです。

 

僕は良い意味のけんかを、よく「有意義なけんか」などと呼んでいます。

 

みなさんは最近けんかをしていますか?

思いっきり相手にぶつけて、相手とわかり合ってください!

(警察沙汰にならない程度にw)

 

「完璧主義」7

『麻雀が終わった後、若松と私は喫煙所の中にいた。中に二十歳そこそこの妙齢の女性患者が一人いた。妙齢と形容して良いのかわからないが、今時の娘という印象だ。

この入院生活をする上で、私はタバコにどれだけ助けられているだろうか。ふとそんなことを思った。

タバコの残り本数は十一本。考えて吸わなければ。

本来タバコは嗜好品どころか贅沢品であり、日常生活を送る上では必要のないものだ。「喫煙は肺がんのリスクを伴います。周りに人に勧められても吸わないでください」パッケージにはそう書かれてはいるが、肺がんになるかもしれないという実感がない。

こんなものに命を吸われているのなら、やめたほうが良いのかもしれない。

「はあ、うめぇ」若松は肺がんのリスクを恐れないらしい。煙をうまそうに吸っている。

人のことは言えないが、若松もきっと二十歳以前からタバコを吸っているはずだ。

「お前、タバコもギャンブルも二十歳前から覚えてるだろ」

「当たり前だ。何か悪いか?」若松は堂々と言った。私より年下のくせに生意気な口のきき方だ。

「女も二十歳前か?」私の日本語はおかしいような気がした。きっと若松に影響されたのだろう。

「うるせぇ。あんたはどうなんだ」

私は煙を吸い、「女はやめておけ、自分がまともじゃいられなくなる」と言った。若松からしたら少し気取って見えたかもしれない。

「知ったようなこと言うな。どうせそんなに経験ないくせに」

「一回経験すれば十分だ」

ふん、と言って若松はタバコを灰入れに投げ捨て、喫煙所から出て行った。

良い暇つぶしになった、と私は思った。

ふと横を見ると、女性患者が私を睨んでいるように見えた。気のせいかもしれない。

私もタバコを吸い終わり喫煙所を出た。ちょうど昼飯の時間だった。

 

昼飯を食べ終わったら何をしようかとベッドの上で考えていたところ、若松が隣のベッドでまた新聞を広げて記事を読んでいた。私は気になり、声をかけた。

「お前、なんか事件やらかしたのか?」私は冗談でそう言った。

「だったら、ここじゃなくてムショにいるはずだろ」

覚せい剤をやったとかでもここに入るやつだっているんだぞ」私は真面目に言った。

若松は深刻な顔になり、「そうなのか?」と言った。

本当のことを言ったが、私は若松のその表情を見て少し後ろめたい気持ちにもなった。

今更だが、私は若松がここへ来るまでの事情を知らない。私もずけずけと人のプライバシーに入らないほうが良いだろう。

「いや、忘れろ。―竹林はまだか?」私は話を逸らした。

若松は何も言わない。

「おい、今日竹林はどこに行ったんだ? 外出したんだろ」

「あいつ、麻雀の最中暗い顔してたな」

確かに午前中一緒に麻雀をしてた時、竹林は神妙な面持ちだった。だが、きっと気晴らしに外出しに行ったのだろう。嫌な予感はしたが、竹林が出ていくとき顔つきは割と明るい表情だったので、まさかこれから自殺の名所に行くわけでもないだろうと、その時は思った。

私も何かそわそわする。気が進まないが、またタバコを吸いに行った。

 

「◆〇☆$※スキゾフレニア?」

「Yes」

パン!

またあの夢を見た。今度は銃で撃たれて目を覚ました。

だらだらと汗が首筋をつたっていた。

「驚愕覚醒」そんな言葉を知っていたのは、かつて私も医療現場で働いていたことがあるからだ。介護助手をしていた。助手というだけでも毎日疲れるのに、介護福祉士となればもっと疲れるだろう。

私はまた疲れていつの間にかベッドで寝ていたらしい。何もしていないのに最近疲れる。

隣を見ると若松がいない。時計を見ると午後四時半を過ぎている。もう竹林は帰ってきてるはずだ。だが病室には来ていない。

私は二人を探しに大広間へ向かった。

詰所の中が何やら騒がしい。

ガラス窓からちらっと中をのぞくと、竹林がいる。血だらけだ。

血? 何があった?』

 

続きは次回更新にて。

「完璧主義」6

 

 

『私は逃げるように無視して渋谷から遠ざかった。

「おい、待て」渋谷は追ってきた。

何のことはないただの追いかけっこだ。逃げ切れば勝ち、追いつけば勝ちだ。

走ってはいけないので廊下は競歩しましょう。そんな文句を言っていた小学生の時の一個上の悪ガキ児童を思い出した。その悪ガキは悪ガキのくせに競歩というものを知っていて、これは走ってるんじゃない走り歩きしてるんだ、という言い訳を先生にして、軽いゲンコツを食らっていた。

看護師からゲンコツを食らうだろうか。ここは学校ではない。教育現場ではなく医療現場だ。ゲンコツじゃなく安定剤を食らわされるかもしれない。

案の定看護師は、「静かにしてください。ほかの患者にぶつかったら危ないでしょ!」と注意した。

私は立ち止った。が、渋谷はまだ追ってきた。

看護師に渋谷を捕まえてもらいたかったが、そんなことに構ってられないくらい忙しいのだろう。看護師は去って行った。

とうとう渋谷は私のところまできて、「おい、タバコよこせ」と言った。

なんでこいつにタバコを与える義理があるのだろうか。私は今、人に与えられるほど

タバコの本数に余裕はない。

おとなしくさせるために与えたほうが良いのだろうか。

「タバコをやったら、お前は私に何をくれる?」私は、至って真面目にそう言った。

この場所でギブアンドテイクが成り立つはずがないのはわかりきっているが、渋谷が何と答えるのか気になった。

「はあ? なんで俺がお前に何かをやらなきゃいけない。お前は俺に嘘をついたからタバコをよこすんだよ」

無理が通れば道理は引っ込むというのだろうか。ここではもしかしたらそうかもしれない。だが引っ込むのはこちらではなく、向こうのはずだ。

私は意を決し、「お前はタバコのことしか考えられないから、いつまでもこんなところにいるんだぞ。シャバに出れば好きな時に好きなだけ誰にも邪魔されずにタバコを吸えるんだ。少しはここから出る努力をしろ」

渋谷は少しひるんだように見えた。だがまた悪態をつき、その辺の椅子を蹴飛ばし、ちくしょーと叫んで去って行った。

私は肩で深いため息をつき、後に残ったかわいそうな椅子を元に戻そうとした。

「あんた、いいこと言うな。あいつにはいい薬だったろう」坂本がいつの間にか来ていて、私が戻そうとした椅子を片手でひょいと直した。

「見ていたんなら、助けてくださいよ。坂本さん」

「いや、俺だってここでのトラブルは避けたいからな」坂本は笑って言った。坂本の白い顎鬚が弱々しく動いた。大人の対応なのか、そうじゃないのか私にはわからない。本当の大人とは何なのか。私はこの人を見るたびに考えさせられているような気がする。

「あ、坂本さん。今日竹林が午後から外出するので—」

「ああ、若松の奴から聴いてる。午前中ならできるんだろ?」といって坂本は倒牌する手の動きをした。

「はい。やりますか?」

ったりめーだ、と言って坂本は露骨に喜んだ。

 

「リーチ!」若松が叫んだ。パイを横に置き、千点棒をぽいと放り投げた。

「今日もあんた調子いいな」坂本は若松に臆せず、いわゆるポーカーフェイスで対応した。

「リーチ」竹林が小声で若松の後に続くように言った。気取っているのか、冷静なのかわからない。

それが麻雀だ。

「ロン!」坂本が竹林のリーチ宣言パイであがった。

それも麻雀だ。

「竹林君。君はもうちょっと考えて打った方がいいな」と、坂本が中学校の先生のように言った。

竹林は何も言わず、坂本に点棒を払った。

竹林は今日、何かいつもと違う。私はそんな気がした。深刻に考える必要はないかもしれないが、何かぬぐい切れないものが竹林の表情から伺えた。

「麻雀は釣りと同じよ。ただ待つだけの釣りもあれば、ひたすら攻める釣りだってある。だが、その哲学に負けたら麻雀も釣りも負ける。あんたはまだわかってないな」

坂本は哲学がどうのとスケールが大きい話をしだした。

竹林は坂本の話を聞いてるのか聞いてないのか、何も言わずに麻雀パイをかき混ぜている。

竹林が何かかわいそうな気がした。別にいじめられているわけではないのだが、竹林の表情が物言わぬ幽霊のようにも、冷徹な鬼のようにも見えた。

何か嫌な予感がする。』

 

 

続きは次回更新にて!

 

 

「完璧主義」5

 

 

『点灯と同時に目を覚ました。いつものことだ。そしていつものように寝起きの一服をしに行く。そろそろタバコが切れそうだった。買いに行かなければ。

今日中に明日外出許可が下りるように看護師に言っておく必要がある。やはりここでの生活は不便だ。できればはやくシャバに戻りたい。あと何日、いや何週間、何か月ここにいなければいけないのだろう。

私はタバコを吸った気になれず、ただ途方もないことを考えながらプカプカしているだけだった。

病室に戻った。

病室のカレンダーを見るが、こんな暦に意味などない。一から三十一までの数字が順番に並べられているだけだ。

おはようございます、とわざと抑揚を作った声で介護助手の人が来て言った。まだ寝ている患者を起こしに来たらしい。

例の将棋好きの患者だ。名前は確か、川谷礼二といったか。年齢は二十五で、朝寝坊が得意で毎日朝寝坊することが日課で、将棋以外の趣味は朝寝坊と言ったところか。

「あっさでっすよー」介護助手は無理やり布団をひっぺ返し、川谷を起こした。

んんー、と川谷は伸びをし、ベッドの上で丸まった。ダンゴムシみたいだ。

介護助手は病室から出て行った。これが彼の仕事だ。

私は外出の件を看護師に伝えに行こうとした。が、看護師ならだれでも良いということではない。担当の看護師に伝えなければ意味がないことに気づき、思いとどまった。

「なんだ? そわそわして」若松がベッドの上で新聞を読みながら私に言った。

「別に―おい、新聞はこっちに持ってきたらダメだろ」私は焦って新聞を取り上げようとした。この病棟においてある新聞はみんなのものであり、勝手に持ってきてはいけないのだ。

「これ俺の新聞だぞ。どこで読もうが勝手だろ」

「お前の新聞? お前わざわざ毎日、新聞買ってるのか?」

「これは先月の新聞だ。それを持ち込んでるだけだ」相変わらず、生意気な奴だ。

「先月の新聞? いったい何のために」

「いいだろ。いちいちうるさいな」若松は新聞を閉じた。「そういや、今日竹林外出するってよ。麻雀は出来ないな」若松は話を逸らすかのように言った。

「へえ、どこ行くんだ?」

「あいつはタバコ吸わないから、日用品とか買いに行くんだろ。知らないけど―あ、午前中なら麻雀出来るかもな。あいつ午後から行くらしいから」

「そうか」私は推測した。午前中から出かける患者は大体、近場で必要なものを買いに出かける人が多い。午後に出かける患者は家族や親類と一緒に食べに出かけたり、「楽しい時間」を過ごしに出かける人が多い。午前と午後では限られた時間が違うからだ。

私も明日出かける予定だ、とは若松には言わないでおくことにした。外出の許可が下りていない若松はうらやましがるからだ。

 

看護師が検温に来る時間を見計らって、私は若松と距離を取った。外出の件が若松に聞かれてはまずいからだ。

ゴロゴロとカートの音が行きかう。そのうちノートパソコンを乗せたカートの音が私に近づいてくるのが分かった。

「おはようございます。―お願いします」と言って担当の看護師は体温計を私に手渡した。若い女の看護師だった。看護師は手際よく、私が熱を測っている間脈拍を図り、便尿回数を訊ね、パソコンに情報を書き込んでいる。

「あの、明日外出したいのですが」

「わかりました。明日担当になる看護師に伝えておきますね」と言って、看護師は次の患者の対応へと去って行った。

私はポケットに入っているタバコの本数を数えた。今日吸えるタバコはあと十五本。それだけあれば十分だ。

すると、「お前、嘘ついたな!」と怒鳴り声をあげて私に近づいてきた男がいた。渋谷だ。トラブル発生だ。』

 

 

 

 

更新が遅れてしまい申し訳ありません。

続きはまた次回更新にて。

「完璧主義」4

 

『麻雀の結果はトップが若松、二着が私、三着が坂本で最下位が竹林だった。

順位を競うのも良いが、私はそれより、生身の人間と自分の作った手を見せつけ合い、駆け引きし合い、お互い何とも言えない緊張感を共有するというこのゲームの醍醐味を味わえて、満足感を得た。

私がこのテーブルゲームに出会ったのは、高校二年のテスト勉強中の時期だった。勉強をほったらかして麻雀にのめりこんでいた頃を思い出す。

そのころに味わった罪悪感やスリルといったものを友達と楽しんでいた。

今はどうだろう。スリルは多少あるが、罪悪感というものは全くない。

「罪悪感」とは「感じるもの」ではなく「楽しむもの」だと当時の私は無意識のうちに解釈していたかもしれない。

そもそも麻雀を好き好んでする輩は罪悪感なんていちいち感じていたら楽しめないはずだ。

この麻雀をすることに少しでも罪悪感を覚えていたら、私はここにはいなかったのではないかと思った。

そういう罪の意識を抱くことがむしろ健常な証であり、罪の意識から逃げることもまた健常な証なのではないかと思った。

「おい、どうした? ノイローゼみたいな顔して」若松が私に言った。また日本語がおかしい。ノイローゼみたいな顔ってなんだ。そんな顔があるのか。ぜひとも拝んでみたい。

「あんたたち強いな。若いからって油断してたぜ」坂本が第二戦を始めたそうに麻雀パイをかき混ぜながら言った。

「おい、まだやるつもりか?」竹林が困惑気味に言った。

「俺は上等だぜ」と若松。

「もう晩飯の時間だぞ。続きはそのあとでもいいだろ」

みんなは近くにある掛け時計に目を見やり、ああ、そうだな。また後でやるか。と竹林の意見に賛同した。

みなはいったん片づけをはじめ、それぞれ自分たちの時間に戻り、自然に解散した。

坂本は去り際、ありがとな、と我々に声をかけた。

坂本の余裕ある、貫禄ある「大人としての態度」というものを垣間見た気がした。

「今日は何だ」と若松が掲示板に貼られている献立表を見て、げっ、と声を上げた。

嫌いなメニューでもあったのだろうか。

私は今日のメニューがなんであれ、若松の嫌いな食べ物がなんであれ、そんなことに興味はわかなかった。とりあえず食えればいい。それだけだった。

 

もしかしたら、私はうなされていたかもしれない。

晩御飯を食べ終わった後、私は疲れて寝てしまった。

変な夢を見た。夢の中で弟と遊んでいた。弟はまだ小さいころの容姿だった。そこへアメリカの軍人らしき人たちが現れ、私にこう言った。「▲◆☆※スキゾフレニア?」

そして私は「Yes」と答え、弟はその軍人たちに連れ去られてしまった。私は悲鳴をあげた。

そして目を覚ました。寝汗をかいている。

私は着替えて、タバコを吸いに喫煙所へ向かった。

途中大広間で坂本と出会い、喫煙所のドア付近で「もう今日は出来ないな、みんな疲れてるみたいだ」と言った。そうですね、と私は言い喫煙所の ドアを開けた。

流れるように坂本も一緒に入ってきた。中にはほかに誰もいない。

「なあ、あんたは何で入院したんだ?」と坂本は車にあるようなオートライターでタバコに火をつけながら言った。

私は困惑した。なんで入院したかと訊かれても、病気になったからだ、としか言いようがないが、坂本は多分そういうことを訊いているのではないだろう。

「いずれ話します」私はそう言って、タバコに火をつけた。

煙を吸い込んで、それと一緒に自分の中にたまっている何かを吐き出す。それは作業ではなく呼吸と同じ感覚だった。

二人は黙っている。もしかしたら「呼吸」の続く限り黙っているのかもしれない。

この沈黙に耐えかねたかのように、坂本は「あんた、長男だろ?」と言った。

どうしてわかったのだろうか。坂本は占い師でもしているのだろうか。言っては悪いがこんな高級感のない占い師は初めてだ。

違う、高級感云々の話ではなく坂本には何かある。私は直感的にそう思った。

「いや、なに俺も長男だからよ。なんか俺と同じものを感じただけよ。あとタバコの吸い方とかな。どこか大人びてるっつーか」

「坂本さんは漁師をしてますね?」私は言った。適当に言ったわけではない。「その傷はきっと漁をしていて出来た傷でしょう。しゃべり方も漁師っぽいです」

坂本は僅かに七分袖から見える傷跡を自分でも見つめて、「あんた、なんちゅうか、観察がよくできてるな。もしかしたら漁師に向いてるかもな」

私は煙を吸い、一瞬考えた。なんて答えようか。煙を吐き出すと同時に答えた。「観察ができるだけです。魚にはきっと逃げられます」

坂本は笑った。

「それでいいんだぜ。漁は大漁もあれば不漁だってある。毎日大漁だったらつまらんさ」そう言って坂本は先に出て行った。去り際、「明日もやろうぜ」と言って倒牌する手のしぐさをして見せた。

私は、はいと答え、もう一本タバコを吸った。』

「完璧主義」3

 

 

『坂本がやりたいと言い出したのだから、坂本を優先して親をやらせてやるべきか。それともむしろ、坂本に付き合ってやってるのだから、こちら側の意志を尊重すべきなのか。非常に悩ましい事案だ。非常に悩ましいが、実にくだらない。こんなことで悩んで良いのかという悩みまで発生しだした。

私が真剣に考えている間も、二人はもめている。

竹林はというと、麻雀パイをいじって聞いてないふりをしている。

私の中で、何かが悲鳴をあげている。まだ、「絶叫」とまではいかないが、何かが叫んでいる。

神経を逆なでするような、そんな得体のしれない生き物が私の中で這いずり回って気持ちが悪い。

ふと、若松が「なあ、”にいぬまけんじ”さんはどう思う?」と訊いてきた。

「おい、その名前を言うな」と私は反射的に言った。

新沼謙治? あの演歌歌手の?」坂本は私を見た。「あんた、にいぬまけんじっていうのか。同姓同名か!」坂本は笑い出した。

私は顔が少し火照るのを感じた。恥じらいのせいだろうか。怒りのせいだろうか。

しかし、その場のアトモスフィアが和んだように感じ、私たちはその空気にのまれつつあった。

親がどうの、サイがどうの、平等だ不平等だという文句はどこへ行ったのだろう。

新沼謙治ってそんなに有名なのか?」若松が訊いてきた。無理もない。今の若い連中は演歌歌手なんて興味がないだろう。

だからなおさら嫌なのだ。私の名前を呼ばれることが。

「あんたたち知らないのか、新沼謙治。有名だぞ」坂本は「嫁に来ないか」という場違いな曲を歌い出した。場違いな曲のはずなのに、私には何故かその歌詞がすんなり身に入ってしまった。

若松はなぜか手拍子をし出し、その場をさらに盛り上げようとしている。

確か我々はカラオケではなく麻雀をするために集まったはずだ。

もういいですよと、竹林が坂本の熱唱を制したが、坂本はまだ歌いたいようだった。

「親は誰もやらないようなので、私がわりますね」私はそう言い麻雀を強行した。

坂本は歌うのをやめ、ああ、すまんすまん、と言って麻雀の方に意識を集中した。

「あんた親やっていいぞ」と坂本は私に譲った。

若松も竹林もそれに合意したようだった。

この日をもって我々四人は、不思議なコミュニティを結成した「変人たち」として入院生活を送るのだった。』

 

 

続きは次回更新にて。

今日中にもう一回更新したいと思います。